上野の杜から−しのばず自然観察会&彰義隊・上野公園

しのばず自然観察会のHPへようこそ!

しのばず自然観察会は、都市の自然を考えることをテーマに、1975年に東京都心にある上野公園の彰義隊墓所(当時)を拠点に発足しました。上野公園・不忍池をメインフィールドとして、上野公園の自然と歴史的文化的環境を調べ、学び、継承・普及して、広義のまちづくりに寄与したいと思っています。 月1回の定例会では、公園・緑地めぐりを主として、自然やまち歩きを楽しみながら、環境の重要性を学び、また上野公園・不忍池の保全のお手本になることを吸収しています。12月には定例の、不忍池水鳥個体数調査を1981年より続けています。また、1月と6月には、多くの人々に上野公園・不忍池のよさや環境問題を伝えるための公開観察会を行っています。



事務局 〒110‐0001 東京都台東区谷中3−1−9 小川潔方
年会費 2,000円 ほかに行事参加費 代表幹事:小川 潔、幹事:猪狩吉雄
電話連絡先 03-3828-8775 (小川 FAXも可) 郵便振替 00100-8-84609 しのばず自然観察会
URL:http://sinobazu.extrem.ne.jp (URLが左記のように変更になっています。アドレス帳の訂正を!)
 

2017年10月20日更新


しのばず自然観察会
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上野彰義隊



お知らせ(新着)

今後の活動予定
  • 2017年10月の活動 神代植物公園見学 

    秋雨前線と台風による高い降水確率で強い雨の予報なので、中止の方向で実施するかどうか検討中です。朝から雨の場合は、中止になります。

      と き:10月22日(日
    )  小雨実施
       集 合: 神代植物公園正門前 午前10時
       交 通:◎京王線調布駅から、小田急バス吉祥寺駅または三鷹駅行き
          「神代植物公園前」下車、または京王バス深大寺行き「神代
           植物公園」下車 
    あるいは◎京王線つつじヶ丘駅から、
           京王バス深大寺行き「神代植物公園」下車、
    あるいは◎JR
           中央線三鷹駅または吉祥寺駅から、小田急バス調布駅北口
           または深大寺行き「神代植物公園前」下車 
    バスの乗車時間はいずれも約20分程度、吉祥寺発9:30、三鷹発9:25、調布発9:34小田急・9:40京王、つつじヶ丘発9:39がおすすめ

      参加費:200円 ほかに植物園入園料500円                  (65歳以上は250円 要年齢証明)
       持ち物:弁当、飲み物、筆記用具、雨具、敷物、あれば双眼鏡

    10月の観察会は神代植物公園を訪ね、武蔵野風の自然の風情を楽しみましょう。帰りは分園になっている湿地や戦国山城の遺構を巡ります。近くに日本野鳥の会創始者・中西悟堂さんの碑や、深大寺、お蕎麦屋さんもあります。

    なお、この日は衆議院議員選挙の日になったので、安全のため、期日前投票に行ってください。期日前投票の理由は旅行に丸を付けてください。環境や国・世界の未来を決める大切な選挙です。

  • 2017年11月の活動 その1 六義園 & 千石緑地

      9月に台風のため中止になった六義園を再度企画します。
      と き:11月12日(日
    )  小雨実施
       集 合: 六義園 入り口 午前10時 (緑の小旗が目印)
       集合場所が9月の予定とは変わっています。間違えないでください。
       持ち物:筆記用具、双眼鏡、弁当、飲み物、雨具、敷物
       参加費:200円
       六義園入園料:300円 65歳以上の方は150円
       

  ・ 2017年11月の活動 その2 上野しのばず学習会
 
    11月25日(土)予定 後日アップします。

上野公園の樹が切られています!

動物園西園横の並木や移植保存していたタブの大木、弁天門前のクスの大木に続いて、動物園正門前の木々が除去され・・・ JR上野駅公園口前の木々は、市民の声が上がって、とりあえず、1本を除いて撤去は延期になりました。が、・・・
これに追い打ちをかけて、2020年には来園者3000万人とも4000万人とも言われる目標を掲げて、国を挙げての上野公園開発計画が動き出そうとしています。今でさえ過剰利用で上野公園は人、人、人。イベントセールスの場と化しています。止めるのはあなたと私、市民の声と力しかありません。

上野公園への私たちの願い

 上野のお山と不忍池一帯は、江戸時代から寛永寺の敷地となり、宗教の聖地として、また花見、月見、雪見と人々に親しまれてきました。明治維新(慶応4年・1868年)の上野戦争により、寛永寺の伽藍の多くが消失しましたが、翌明治2年には花見シーズンに先立ち東京市民に開放され、明治6年には日本の公園制度発祥の地の一つとして公園になりました。これには、病院建設地になっていた上野のお山の視察に招かれたオランダ人軍医ボードウィンによる、素晴らしい自然景観を残すため病院建設はやめて公園にしてはどうかという提言や、東京府知事になった大久保一翁の、江戸の名残を伝えたいという配慮が貢献しました。

 明治時代には、不忍池の周りが政府高官の競馬場になったことがありますが、上野公園を管理していた博物局はこれに反対し、人々の「風月の権」を主張しました。お役所が率先して、日本で初めて環境権を唱えたのです。

 以来、関東大震災、第二次世界大戦の戦火に見舞われたにもかかわらず、上野のお山には清水堂、上野東照宮などに代表される歴史的建築が残り、また公園地は被災者を受け入れてきました。戦後も上野公園は東京都民の憩いの場所として引き続き維持され、都市公園法施行による神社仏閣や国立施設の公園からの分離や文化施設の拡充ののち、東京都は建築規制を厳守して上野公園の空間を保存してきました。

 第二次世界大戦直後、不忍池が野球場にされようとしたときは、地域の商店主や上野の文化施設関係者、文化人らが中心となってこれを止め、水辺空間を守りました。25年ほど前には、不忍池に地下駐車場建設の話が起こりましたが、地域住民、芸術家をはじめとする広範な都民・市民の保護運動により池は守られました。

 上野のお山の寺院・墓地も、改変しない場所であったため、江戸を伝える草花や野鳥が集まる場所をよく残してきました。寛永寺の本坊跡に建てられた東京国立博物館は、敷地内に江戸を伝える前庭と裏庭を残し、数十年前まで苗圃を持ち園庭維持にあたってきました。しかし、最近では文化施設の新築・増築のため、これらの空間が次々と失われつつあります。

 心が落ち着く、安心感があるとして多くの人から好まれているのが神社仏閣の境内や公園の樹林地・池畔です。自動車や人混みから離れた静けさ、木立に囲まれた自然性、歴史を感じさせるものが備わり、ほっとする空間あることが上野公園のアメニティであり、これは喧噪の東京砂漠とは対極にあるという研究成果も出されています。上野公園を訪れる人は、昔ながらの道すじや木立ち、建物、人々の営みを見て安心します。世代を超えた共通した風景や空間があることこそ上野公園の特徴です。

 国際連合の賢人会議(ブルントラント委員会)は1980年代に「われら共有の未来 Our Common Future」と呼ばれる宣言を発表し、私たちの世代が享受している環境からの恩恵と同じものを未来世代が享受できるような環境の使い方をする責務があると訴えました。これは1992年にリオで開かれた国連「環境・開発会議」で持続可能な開発(発展)という主要議題となり、21世紀のキーワードとなりました。次の世代に上野公園の自然と歴史的空間を伝えていくことは、私たちができる持続可能な公園づくりの柱だと考えます。

2015年1月 しのばず自然観察会創立40周年に当たって 代表幹事 小川潔

上野公園の開発計画再燃!

自然と歴史環境、憩いのアメニティ空間の危機2015〜
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 不忍池水鳥個体数調査結果 2016.12.25

池全体ではカモ類の減少が続いています。昨季の227羽より微減の、174羽を記録
しました。
なお、園路改修や浚渫工事の影響で、岸近くの個体数が限られ、若干の数え残しがありそうです。

カモ類の変遷はこちら

過去のお知らせ(既報分)

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